音楽と医学

このコーナーは、医療における音楽とのかかわりについて団員が紹介します。

<アマチュア奏者も悩みはプロなみ?>
本稿ではアマチュアオーケストラ奏者の肩こりなどについて調査したドイツの整形外科医の論文をご紹介します。タイトル(訳)は「アマチュアオーケストラ演奏家における筋骨格系の問題:手と手首における考察」です。原文はドイツ語ですが、英訳の要約を読んだ中からお話しします。
この論文以前にもプロの楽器奏者や音楽教師(主に弦楽器のようです)は上肢についての障害が多いという論文が出ています。文献検索システムを使って”string players ” で検索すると12件hitし、その内10件が筋骨格系の障害についての論文でした。ではアマチュアならばどうなのだろう、という事をアンケートで検証したのがこの論文です。
アンケートをとったのは、バイエルン州医家管弦楽団(Bayerisches Arzteorchester)のメンバー130人。ドイツにも医家オケがあるんだなあ、という事と130人という人数に感心してしまいます。やはり音楽の国、という感じです。ドイツ語誌なのでアンケートの詳細は不明ですが、どのような体の障害を感じるか、というアンケートのようです。フルートの先生に「過換気になってボーッとする」とか、テューバの先生に「顔がしびれる」なんて症状があったか分かりませんが、84%の方が何らかの症状を自覚しておられ、そのうち74%は筋骨格系の症状だったそうです。弦楽器奏者では高弦(多分Violaも含むのでしょうね)と低弦(チェロ・バス)で内容が異なり、前者で肩から首の症状が中心であるのに対し、後者では首と腰の症状が多いという結果でした。一方管楽器はどうかというと、胸郭や腹部の痛みってことはなくて、意外にも脊椎の症状が多いそうです。木管楽器(あえて”woodwind”と書いてあります。ということは、金管楽器は別なのでしょうか?)は指の障害を訴えるという結果も出ています。手の症状は全体の39%で自覚されたとの結果でした。この研究の主眼であるプロとの比較ですが、どこのオケとは書いてありませんでしたが、プロオケのメンバーからとったアンケートと比較したら基本的に同様(essentially identical)の結果だったそうです。
筋骨格系の症状というと練習量で変わってくると思われますが、われわれよりはるかに練習、演奏しているであろうプロ奏者が症状を自覚する頻度がアマチュアと同じくらいということは、プロ奏者がいかに無駄のない演奏をしているか、ということを如実に表しているように思います。
医療従事者のオケの場合、普段の仕事によっても症状が出てきそうです。職種(医師、歯科医師、看護師、薬剤師など)、診療科(外科系、内科系など)、勤務形態(診療所、病院、手術室、病棟など)などの要素も影響しそうな気がしますね。
ちなみに、耳鼻科医には腰痛持ちが多いといわれますが、実はファゴットも結構腰に負担がかかる楽器で、私は腰が痛いときは「仕事しすぎだな」と都合のいいように解釈しています。
(耳鼻咽喉科医・ファゴット)

<ヴァイオリンと歯並びの話>
可愛い双子の女の子の患者さんがいました。2人とも反対咬合(いわゆる受け口)でして、一卵性だけあって顎の大きさとか歯の傾きとかほとんど同じでした。2人同じ時期に同じ装置をつけて治療を始めました。
1人は1か月後には既に反対咬合が直っていましたが、1人はなかなか直りません。聞くと、直った方の子はピアノをやっているのですが、なかなか直らない子はヴァイオリンを習っているとのこと。よく見ると、直らない方の子は下顎がわずかに右側にずれていて、ずれている分噛み合わせが直りにくかったのだと思います。幼稚園の頃からヴァイオリンをやっていて、7才の時には既に下顎が右にずれていました。ピアノの子はまっすぐです。ヴァイオリンの子には途中別の装置を併用し、治療開始から7か月後にようやく噛み合わせが直りました。反対咬合が直っても右にずれているのは戻りませんでした。(反対咬合が直ると横のずれも直ることが多いんですけどね。)レントゲンでは2次元的にしかわからないけど、下顎骨の位置だけでなく形も少し非対称のようです。顎がずれる原因はいろいろあるのですが、たぶんこの場合ヴァイオリンが原因になったのだと思います(下顎の左に力がかかるためです)。
ヴァイオリンをやっていると皆ずれるわけではありませんが、反対咬合だったり、噛む力が弱かったりするとずれやすくなるかもしれません。下顎がずれると、見た目が非対称になるだけでなく、左右の噛み合わせや筋肉、姿勢が非対称になったり、成長するにつれどんどんずれることもあるし、あんまりいいことではないので、ヴァイオリンをやっているお子さんをお持ちの方は注意してください。反対咬合等は直しておいた方がいいでしょう。ヴァイオリンの稽古の後に顎を左に動かす運動をしたりするといいかもしれませんね。
(矯正歯科医・ホルン)